2008年度公募プログラム
塾医学部学生の海外ワークショップ派遣プログラム

活動課題(テーマ)
慶應義塾医学部では2004年より医学教育統轄センターを新設し医学教育改革に取り組んでいる。新カリキュラムでは、臨床系科目の大教室講義を半分に減らしてその分をグループ指導とし、自己学習を基盤とする教育であるPBL(Problem Based Learning)を一部で取り入れるなどを行ってきた。そのために教員を海外に派遣して新しい教育の導入がスムーズとなるように努めてきた。その中で学生の側にも新しい教育に対応し協力して推進していくことが求められている。
また、医学教育の今後の展開として国際対応を考えることは極めて重要である。医学教育は急速に国際化が求められてきており、このなかで医学生の英語による医学教育の必要性がたかまっている。今後塾医学部の学生が医学英語を習得して、将来国際社会に羽ばたくポテンシャルを高める教育プログラムを検討する必要がある。これらのためには、海外の医学生ワークショップへ塾医学生を派遣して学ばせることが効果的と考えられる。国際化に対応した医学教育プログラムを未来先導基金により実現を図る。これは塾医学生の国際対応を実現するプログラムであり、未来先導基金のめざす方向にふさわしいと考える。
担当
医学部教育統轄センター、医学部准教授 佐藤 徹
第1回のハワイ大学研修ではワークフォースとして参加しましたが、日々厳しいワークショップに明け暮れ、週末は休む間もなくオアフ島を探索し、終了時には自らフェアウェルパーティを開催するなど、学生の若さに圧倒されました。この基金を有効利用して世界に勇躍して頂きたいと思います。
主な活動メンバー
医学部5 年生
三島江平
秋田敬太郎
釜本 大
外山弘文
南 和志
医学部4 年生
小畑礼一郎
川崎健太
高橋みなみ
西村亜希子
事務担当部門
医学教育統轄センター
このプログラムは2008 年8 月と2009 年3 月の2 回、医学部の学生がハワイ大学でワークショップに参加してきたが、いずれも同じような内容なので2008 年8 月に関して記載することとする。以下、学生の記載を抜粋した。
ハワイ大学医学部の主催により、2008 年8 月18 日~27 日の日程でLearning to Work with Patients:a Communication Skills Workshop for Medical Students が開催された。慶應医学部89 回生(5 年生)の学生5 名が参加した。他に高知大学から1 名、Kaohsiung Medical University から3 名が参加し、合計で9 名に対しフォーラムが行われた。以下実習内容毎に説明する。
1.Medical Interview 講義
授業はハワイ大学の医学部にあたる、John A. Burns School of Medicine の講義室にて行われた。主に校長先生にあたるRichard T. Kasuya 教授が担当した。
Learning to work with Patients というタイトル通り、講義の内容も、ハワイ大学医学部の先生方が実際の診察中に用いる問診方法の基礎項目を中心となっており、患者さんからの情報を網羅的にそして効率的に引き出すためのテクニックなど時間をかけて、幅広く教えていただいた。
授業の形式としては、Introduction、Chief Complain、History of present illness、Past medicalhistory、Family history、Review of systems、Patient profile とMedical Interview には欠かせないそれぞれの項目について質問の仕方などを学びその場でパートナーと共にそれを実践、時には先生を相手に実践する機会を与えて頂いた。学んだことをすぐに実践し、そこですぐにフィードバックが得られたので記憶の定着も抜群で、Simulated Patients を相手にしたMedical Interview に対しても自信をもって臨むことができた。その他、患者さんとのコミュニケーションの質、その中で特にRespect、Empathy、Active Listening についての講義もあり、患者さんへの配慮を怠ることなく、いかに診断のための必要項目を採取するかということを題材に臨床医としてのバランス感覚の必要性、またnon-verbal communication の大切さも学ぶことができた。
また、この他にもPBL 形式での授業もあり、このワークショップをCoordinate してくれたMargitが自ら患者役となって授業を進めてくれた。一緒に参加した台湾からの留学生はまだ3年生であるにも関わらず鑑別疾患をどんどん挙げていき、我々日本人組はたじたじだった。ここでもやはりMedicalInterview の講義で習った質問のテクニックが生き、ワークショップ全体としての一貫性がすばらしいと思った。
2.Medical Interview 実習
1)Medical Interveiw とは
Medical Interview とは「医療面接」と日本語で訳され、医者が患者さんを診察する際行われる問診、
視診、聴診、触診のことである。これは診察において最も重要とされ、これを通して患者さんを診療
するだけでなく、患者さんとの良好な関係を築き上げていく。
現在日本では医学部4年次において、OSCE などの共用試験を通じて履修すべきとされている。し
かし、日本においての試験は問診と診察がそれぞれ別枠になっており、真の診察の現場とは異なって
いる。
アメリカでは普段の授業を通じて、Medical Interview の練習を日々繰り返し練習している。
2)Medical Interveiw の方法
我々学生が行うMedical Interview の練習方法は、まず診察室の前に患者さんの来院情報、血圧などのバイタルといったものが書かれた紙があり、それを読む。次に診察室に入ると模擬患者さんが待っており、問診から始め診察を行っていく。そして、自分で鑑別診断を考え、検査項目・治療方針を患者さんに伝えるといった流れである。模擬患者さんには症例についての情報がさまざま与えられており、聞かれるであろう質問に対しては答えが決められている。
具体的には、痛みがある患者さんではそれがいつから、どこが、どのように、どれほど痛いのか、またどうすればその痛みが和らいだり悪化したりするのかなどと言ったことを聞き、既往歴、家族歴、副薬歴、生活歴(喫煙、飲酒、性活動など)、全身の症状といったことを順に聞いていく。それから診察を自分で必要だと思ったことをしていく。
ワークショップで行った内容は、まず午前中に講義を受け、そこでどのようにしてMedicalInterview を行っていくかを学ぶ。そして、午後それを踏まえて実際に模擬患者さん(ハワイ大学の学生ボランティア)を相手に問診、診察を行っていった。
我々が行った症例では、糖尿病、子宮外妊娠、肝炎、喫煙者のCOPD、白血病の告知などが挙げられる。これらを通して問診や診察だけでなく、患者さんとの信頼関係を築き上げることによって、さらなる情報を得たり、喫煙者であれば禁煙を勧めたり、告知ではそれの行い方を学んだ。近年の日本では多くの喫煙者がいるが、喫煙に伴う病気に対する人々の考え方が変わったこともあり、禁煙活動がさまざまな場所で進み、分煙などといったことが進んでいる。また、癌についても現在は人口の半分が患い、死亡原因の1/3 が癌によるものであり、医師である以上何科であろうと遭遇する現実である。その際に、患者さんに対してどのように伝えて、患者さんからの質問にどのように受け答えし、今後どうして行くかを伝えるといったことが重要となってくる。今回のワークショップを通して、これらのことを学んで言った。
さらに、最終日には自分たちで症例を考え、お互いが模擬患者となってMedical Interview を行い、お互いによかったところ悪かったところを教えあった。これにより、相手のいいところや自分の悪いところが見えてくるため、そこから学ぶということができた。
3.Medical English 実習
1)A Short Course in Medical English
この講義は8 月25 日と8 月26 日の夕方の2 回にわたって開かれた。ハワイ大学から夕食も振舞われ、ハワイ大学のスタッフも囲んでみんなで食事をしながら和やかな雰囲気で授業が進行していった。この講義の趣旨は実際の診療に用いることができる実践的な英語を学ぶことであった。日常会話に用いられる英語との違いを知るだけでなく、英語が話せない、あるいは重症であるためにうまくコミュニケーションが取れない患者とどのように向き合って問診を進めていくかを学んだ。先生のDr.Gautum Deshpande は大変話が上手であり、初対面でもすぐに生徒と打ち解けるような気さくな方であった。先生は医学部生への医学英語教育が専門で、実際に医師として働いていた経験を活かし、生徒を楽しませながら医療現場に役立つ内容を教える方式をとっていた。
2)Medical English の内容
1 日目は初対面ということもあり、先生や生徒の自己紹介に始まり、そもそも医学英語を学ぶことがなぜ重要かという議論を行った。具体的には、医療面接において患者とより良いコミュニケーションを行うことで良好な信頼関係を築くことができる、あるいは論文を書いて学会で発表する際に医学英語は必要であるといった意見が出た。そこで、学会で論文を発表した後の医師同士の会話を想定し、2人組になってみんなの前でロールプレイを行い、それぞれGautam 先生から良かった点などの指摘を受けた。
次に、医学英語と日常の英語で体の各々の部位の表現の仕方がどのように異なるかを学んだ。先生は体の絵を使って頭から足先までProfessional とSlang の英単語をそれぞれ列挙していったので、非常にわかりやすくノートにまとめることができた。例えば「お腹」という言葉をとっても、医者はabdomen を使う一方、患者は通常stomach を用いるがbelly と言うこともある。他にも小児の場合にはtummy、日本語で言うと「ぽんぽん」という言葉の方が好まれるという様に、相手に合わせて言葉を変えることがコミュニケーションにおいて重要であるということを学んだ。
2 日目はBody Language に焦点を当てた講義で、誰もが楽しめるものであった。会話をする上で手や体を動かして意図を伝える補助とするのは非常に大切であり、言葉と連動させて効果的に用いることで会話が広がることを2 人組になって実践した。さらに踏み込んで言葉が通じない患者と話す時のシミュレーションを行った。先生によると、アメリカではスペイン語しか話せない患者も多々見かけるということであったが、日本でも日本語が話せない外国人や腹痛がひどくて言葉をうまく発することができない患者に遭遇する可能性は大いにある。このような場合にはBody Language を使って痛みの程度を尋ねたり、顔の絵を用いて痛みのスケールを指で指し示してもらったりする術を習った。先生のユーモア溢れる講義の後に実際に2 人組になり、言葉が通じない患者との医療面接を想定してみんなの前で実践したが、どの班も非常にユニークで生徒やスタッフの笑いが絶えず、楽しく学ぶことができた。
4.病院見学
8 月27 日にKapiolani Medical Center for Women & Children の見学を行った。Kapiolani MedicalCenter は、Kapiolani 女王が1890 年に産院を設立したことが始まりである。今日ではKapiolaniMedical Center for Women & Children やKapiolani Medical Center at Pali Momi などの病院に加え、Sex Abuse Treat Center などで福祉活動も行っている。今回見学したKapiolani Medical Center forWomen & Children は、その名のとおり女性と子供の医療を行っているハワイの基幹病院である。全ての年代の女性に対して医療を行っており、出産だけでなく、マンモグラフィーやその他高度な機器による診断・治療、骨粗鬆症のスクリーニングも行っている。また、子供に対しても小児科範囲の高度な医療を提供しており、2 万人を超える子供を救急で受け入れている。
学生からの報告、感想を読むと、いずれの学生もハワイ大学医学部に於ける斬新で熱心な指導に強い影響を受けている。アメリカで標準的に行われている小グループ学習、模擬患者(SP)の利用、PBL(Problem-based Learning)が織り込まれた教育を体験するとともに、ハワイに於ける医学教育に対する高い情熱を感じて、アメリカ医学の優れている点や医学教育の進め方、重要性を認識してくれたことと思われる。期間は長くはないが多感な年代の学生なので今後の彼らの医療に対する考え方や進路等に影響を与えたことであろう。今後彼らの中には渡米してアメリカ医学を勉強し日本に欠けているものを導入しようとする者も出るであろうし、医学を指導する立場になったときに新しい医学教育の手法を使って効果的な指導をしてくれることが期待出来る。また、医学英語修得の大きな動機付けとなったと共に、次代を担う医師として重要な国際性を養うという点でも第一歩を踏み出したと言え、今後これを発展してGlobalization に対応出来る人材育成の点でも意義があったと考える。
学生がこれだけ強い影響を受け今後の医学修得の大きな動機となったという点で、このプログラムの有用性は非常に高いといえる。ハワイ大学からこれだけのプログラムを提供して頂けたのは、慶應大学医学部の学生が鍛えがいのある優秀な学生であるとともに、長年慶應大学医学部とハワイ大学医学教育室との間で培ってきた密接な協力関係の賜物であると考えられる。ハワイ大学学生が交換に慶應大学医学部に研修に来た場合も我々は出来る限りの教育を行っている。このようなすばらしいプログラムを今後も継続し更に発展させることは、慶應大学医学部、ひいては日本の医学の発展に大きく貢献するは疑いの余地がなく、未来先導基金に限らず何らかの形でこのような資金援助を今後もお願いしたいと考える。